歴伝奉行

2018.3.22

和三盆と源内先生の意外な関係とは!?

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こんにちは、歴伝奉行です。

先日、ツアー「〜なぜ、東讃で高級国産砂糖がつくられた?〜 深く知りたい、和三盆の世界」の発売をご案内しました。おかげさまで、満員御礼となりました。

このツアーでは、なぜ、東讃で高級国産砂糖がつくられたのか?という謎を解きながら、東讃地域に残る和三盆にまつわる物語を訪ねます。

では、和三盆と源内先生の功績がどう結びつくのでしょうか。

これは、意外と知られていませんし、Wikipediaの平賀源内のページでも紹介されていないのですが、源内先生は、サトウキビ栽培と白砂糖製造の研究を行っていました。
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研究を命じたのは、藩の財政を潤わすことに悩んでいた、高松藩の第5代藩主・松平頼恭。平賀源内の才能を高く評価していたんですね。源内先生は、生きているうちに和三盆の完成までできなかったのですが、この研究が後の「和三盆」製造に結びついたのではないかと言われています。

〜なぜ、東讃で高級国産砂糖がつくられた?〜

謎解きの1つは「源内先生をはじめ、讃岐の人々が国産の砂糖づくりに心血を注いだから」です。

ちなみに、源内先生は、1763年にサトウキビ栽培と砂糖の製造法を書物にまとめましたが、隣町の医師・向山周慶(さきやましゅうけい)が初めて白砂糖の製造に成功したのは、1803年のことでした。
つづく

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